ビザーマジックの手順研究

現代的アプローチによるビザーマジックの考察

ビザーマジシャンの現実①

今まで喋ったことは全部嘘です。わたしはビザーマジシャンなんかではありません。

なぜなら、わたしは、警備会社の現場社員だからです。毎年、やらせてくれていた大道芸のイベントに呼ばれなくなって、毎週やらせてもらったマジックの仕事も、全部なくなってしまったのです。この姿は大した才能もないのに調子に乗った手品師の成れの果てです。
でも、別に悔しくはないのです。だって、四十、五十代になって居酒屋やキャバクラでテーブルホッピングの仕事をするというのは、とても惨めなことなのですから。毎月安定した給料をもらい受けている銀座のサラリーマン様にヘコヘコしながらテーブルに入って「おっさんのマジックなんて見たくねーんだよ。シッシ」などと言われてまでマジックなんかしたくないのです。

今、わたしは、オフィスビルの警備室で一人でじっと座っています。このビルは現在、改装中につき、社員さんの出入りはなく、工事業者さんだけが出入りをしています。祝日中もずっと工事なのです。警備の仕事というのは当直勤務というのがあって、わたしの現場は朝九時から翌朝の九時までが勤務時間なのです。仮眠は深夜十二時から翌朝の五時まで。時給は九百五十円。会社員になったからには、やすやすと趣味のマジックをやるためにお休みをくださいとは言えません。ちくしょう。なんで、マジックをやめて会社員になろうと決断した途端に、マジックの依頼が入るのでしょうか? というか、わたしも往生際が悪すぎるのです。手品師なんて綺麗さっぱりやめようと思ったはずなのに、なんでマジックの仕事を引き受けてしまったのでしょうか。お金のため? いいえ、違います。わたしはマジシャンという肩書きを捨てたくなかったのです。わたしはまだ、マジシャンでいたかったのです。だって、マジシャンじゃないわたしなんて誰にも誇ることができないのです。

ボーッとモニターを監視して座っているだけで、いつの間にか、工事業者さんが帰る時間になっていました。十六時三十分です。わたしは業者さんに貸し出した鍵を返してもらいます。鍵の貸出簿に受取時間を記帳します。制帽を被って工事業者さんが全員退出したことを確認してエントランスの鍵を閉めます。通用口から外に出て、駐車場にポールを立てます。駐車場のシャッターを閉めます。館内に戻って通用口を施錠します。保安室に戻って、頬杖をついてテレビの画面を凝視します。

あとは、深夜零時になるまでに二回、巡回すればいいのです。

 深夜十一時。内部を巡回して工事した箇所の窓が閉まっているか確認します。PS室の電気が消えているか確認します。

「あはは、この世界はわたしだけのものだ!」

と、誰もいない真っ暗闇のフロアで、両手を広げてスキップしながら、叫びました。
工事中の館内は、無機質で、まるで廃墟のようでした。絨毯が剥がされて、床がむき出しになっています。LAN配線を通すための白と黒のツルツルしたタイルが丸見えになって、それを踏むとカチャカチャと乾いた音が、真っ暗な室内に響き渡ります。ゾクッと背筋が凍るような感覚がして、それがとても心地よいのです。
こうして、深夜十一時二十四分、誰一人いない館内の最終巡回が終了しました。あとは、保安室の椅子に腰掛けて日付が変わるのを待つだけです。

保安室に戻ってモニターを監視します。仮眠の時間がくるまでジッと。いつまでもモニターを見つめます。
なんのためにこんなことを。なんでこんな訳の分からないことをしているのだろう。生きるために? でも、なんで生きる必要があるのでしょうか? 生きるってなんなんでしょうか? 飯食ってウンコしてSEXして眠ることが、生きるってことなのでしょうか? そんなことをするために、こんな仕事をしているのでしょうか? 嘘でしょ。ねえ、だれか嘘だって言ってください。わたしは自分のことを特別な人間だと信じていました。他の人にはない才能があるって信じていました。だから、みんながわたしのことを愛してくれるはずなのです。でも、だれもわたしをチヤホヤしてくれません。だから、手品を覚えたのです。手品をやってる自分は輝いていました。みんなが褒めてくれました。喜んでくれました。それなのに手品をしなくなってしまったわたしになんの価値があるというのでしょうか。ただの警備員。そんな凡人のわたしなんて、だれも振り向いてくれない。今のわたしはモニターの前でジッと座って呼吸はしているけれど、生きてはいない。生きている気がしない。死んだまま生きている。なんのためにこんなところでモニターを見ているんだろう。飯を食うために? だから、そんなの嘘だって。馬鹿じゃないか。なんだよ、飯を食うために仕事するって。鼻息荒くしてそんなことを偉そうに主張してる馬鹿が世の中にいっぱいいるけど、あいつらなんなんだよ。嘘ついてんじゃねーよ。ただ、惰性で仕事してるだけじゃねえか。今、ここで警備員をしてるわたしは決して飯を食うために仕事をしてるわけじゃなくて、なんか知らんけれどここに座っているだけなんだ。本当は飯なんか食わなくたっていいはずなのだ。死を受け入れる勇気があれば、飯なんか食わなくなっていいのだ。でも、飯を食うことがさも素敵なことであるように思わなければ、バラバラになってしまいそうので、だから、生きて美味しいものが食べたい。シュークリームが食べたい。綺麗な女の人や男の人とセックスがしたい。ゲームがしたい。漫画が読みたい。小説が読みたい。手品道具が欲しい。やりたいことのために、欲しいものを買うために、やりたくないことをやって生きる。でも、わたしに、本当にやりたいことなんてあるのか? 本当に欲しいものなんてあるのか? こんなくだらない仕事を死ぬまでやり続けてまで、やりたいと思えることが、この世界にあるのだろうか。
ない。なんにもない。
憧れていた手品師ですら、やってみたら、そんなにやりたいことじゃなかった。なのに、マジシャンという肩書きを捨てられない。なんで、マジシャンをすっぱりやめられないのだろう。わたしはマジシャンなんかクソだって言いつつ、未だにマジシャンに憧れを抱き続けている。だって、マジシャンって肩書きのもとにマジックをしているわたしは、誰かに褒めてもらえる。手品師で居続ければ、みんなからすごいねって言ってもらえる。わたしはマジック以外に誇れるものがない。わたしはマジックという夢のある職業を捨てられない。

だれか、わたしを殺してください!